第1話 巣立ち時期の子供達のために新しい巣を造った?
私たちが実施している営巣実験から、カヤネズミの造る巣には妊娠雌が造る分娩・育仔に使う繁殖巣の他に、雄や非妊娠の雌が造る巣があり、それらは居住に使われますが、異性誘引機能をもつことが明らかになっています1)。また、異性誘引だけを目的とした営巣と思われる例もいくつか観察されています。
今回は、これまでの実験で得られた結果からは何のために造られた巣か説明ができない例を紹介します。
妊娠雌を使った営巣実験では、分娩、育仔が終わり、子供達が巣立つと全頭を実験ケージから回収し、引き続き回収した雌を使った新たな実験を開始します。通常は分娩後16日目(子供達が16日齢)頃にこの回収作業を行います。雄が同じケージにいる場合には、雌は分娩直後に交尾・妊娠する(後分娩発情)ことが多く、親仔分離、回収時には雌は分娩予定の2~3日前にあたります(妊娠期間は19日前後)。この妊娠した雌を回収して新たなケージ(巣を造れるようにイネ科草群落内に設置あるいは模擬群落を栽植)に移すと翌日までには繁殖巣が造られます。また、分娩時に雄がケージ内にいない場合には、後分娩発情した後、4日目に育仔に使っている繁殖巣とは別に新たな巣を造りますが、この巣はごく短時間の巣補修動作や通り抜け動作以外にはほとんど利用されず、筆者らはこの巣は雄に対する誘引機能を目的とするものと考えています。
今回の例では、実験ケージの空中球状巣で2014年4月16日に分娩し、生まれた幼獣は4月30日には5頭が巣外に出てきました。分娩時に雄をケージに入れていませんので、5月3日に雄をケージに入れ、5月4日ケージから雌親、雄および幼獣の全ての個体を回収し、雌親は直ちにイタリアンライグラスの模擬群落を設置した実験ケージに移しました。
新しいケージに移った雌は、5月4日夜~5日朝に地上15~20cmの高さに繁殖巣と同様の空中球状巣(A巣とする)を造りました。さらに、5日午後、ほぼ同じ高さでA巣より40cm離れた位置にやや薄い壁の球巣(B巣)を造りました。同日から6日にかけてA巣を、6日~7日はB巣を動画撮影し、雌が両巣をどの位の頻度で使用しているかを観察しました。
その結果では、A巣への出入りは全くなく、B巣には比較的長時間滞在しており、居住用の巣として機能していると考えられました。雄をケージに入れた直後に雌の発情が起こり、その後妊娠したとしても、あるいは妊娠しなかったとしても、雄を入れて2日目に繁殖巣あるいは誘引のための巣を造った例は今までに観察していません。A巣を造った目的は、5月4日に親仔分離されて、1頭だけ新しいケージに入れられた雌親が、子供達がどこかに逃げていて、戻ってきた時に巣がなくなっているのは困るだろうと、急いで新しい巣を造って子供達が戻った時に入れるようにしたのではないでしょうか。5月13日にはA巣から15cm離れた位置の5cmほど低い高さにカゴ状巣が造られ、その後の観察で時々その上に乗る行動が観察されました。その後の経過からこの雌はこの時期非妊娠であったことがわかっています。したがって、13日に造った巣は、雌親が育仔から完全に離れて発情周期が戻り、発情後妊娠しなかった場合に観察される雄の誘引を目的とするもの考えられます。
同様の例が別の営巣試験でも見られました。2014年9月23日に球状巣で分娩した雌親と3頭の幼獣を10月7日(14日齢)に3面が透明のアクリル板で造った約50cm×40cm×40cmの展示用ケージ(チガヤの茎葉が活けられている)に移しました。幼獣は10月6日(13日齢)には巣外に出て採餌をしていました。朝9時に展示ケージに親仔を移し、その日の夕方にはチガヤに新しい空中球状巣が造られ、親仔で巣に入っているのが確認されました。この巣造りの様子は全行程を動画撮影できましたので編集して一部を公開します2)。前例と同様、幼獣は既に巣外に出て自身で採餌できる成長段階ではありましたが、雌親は急いで幼獣のための巣を造ったと思われます。なお、飼育ケージにおけるいくつかの観察例では、雌親は幼獣が16日齢になると、ケージ内を動き回って、外に出ようとする行動を見せます。この時が実際には離乳ではないかと推察しています。また、2014年11月2日分娩の雌親と幼獣5頭を11月15日(分娩後13日目)16時に上記と同様のケージに移した例では、同日17時40分から1時間半程で地表球状巣が造られました。下の動画をご覧ください。
カヤネズミの強い母性愛が表れた営巣行動として解釈してみました。
子供達のために急いで巣づくり
巣づくりの様子より子供達が主な動画です。(1分、14.1MB)
1)カヤネズミの巣の信号的機能 https://kuju-ecomuseum.org/kaya-sunokinou/
2)カヤネズミの巣づくりの様子 https://kuju-ecomuseum.org/kaya-suzukuri/
(2014年12月11日)