土塁(どるい)の保全と記録は緊急の課題です!

土塁とは
 牧野の中に、線上に盛り土された構造物を土塁あるいは土手(どて)と呼んでいます。
土塁の構造
 阿蘇地域における土塁の本来の大きさは高さ1.8m、幅1.8mで、図のように両側を掘り下げ盛り土をして土塁が造られたとされており(大滝, 1997)、久住高原の土塁もこれと同様であったと思われます。表面にシバを貼り付けた例がある一方で、一般に土塁上に樹木を植えることは行われていなかったようです。
土塁が作られた目的
 土塁は、牧野間の境界、あるいは原野(草地)と他の土地利用(林地、耕地、居住地など)との境界を明示することを目的として造られました。また、家畜を決められた場所に囲い込む、決められた場所で草を食べさせる、さらには、家畜が作物や樹木に害を与えないようにするために障害物として造られたものもあります。
いつ頃造られたのか?
 久住町については、1906年に県立の種畜場が設置される際、土塁が造られたことが記録されています。また、阿蘇地方の記録(一の宮町史、1997)からも、久住町の土塁は1900年から1930年までの間に構築されたと考えられます。土塁造りの労力としては、一日に2mしか進行しないというほどの重労働を要した(大滝, 1997)ようです。
久住町の牧野には、1952年の時点で総延長70,627mの土塁があったことが久住町誌(1984)に記されています。
 牧草地造成(1980年頃)まで、土塁は牧野の入会権をもつ農家の協働によって年に一度火入れされ、その際に土塁の点検や崩壊部分の補修も同時に行なわれていたようです。
阿蘇・くじゅうにおける牧野の利用は、1000年以上の歴史をもっています。土塁が造られるようになるまで、牧野の境界がどのようなかたちで標されていたかは不明です。このことについては、今後調査する必要があります。

土塁の現状
 造られて100年以上が経過した今、土塁は風雨による浸食を受けてその姿を変えただけではなく、道路の建設や野草地から牧草地への造成の際に除去されてしまったものもたくさんあります。また、有刺鉄線のような牧柵の導入により、当初の目的であった土塁の境界や障害物としての機能が必要でなくなったために、修復作業や火入れなどの管理作業も行われなくなってきています。
2003年に、久住町大字白丹地区の牧野に残存する土塁を調査したところ、造られた当初にあった土塁両側の溝部分は、ほとんど埋まっていることが確認されました。また、土塁が造られた場所のいくつかは原野から林地に変わり、野草地や牧草地に残る土塁の多くで、土塁上に樹木が生育していました。1970年の時点では、この地域に計146本、総延長約42.4kmの土塁があったと推定されます。しかし、2003年、土塁の総延長は約31.4kmとなっており、1970年に比べ約25.9%が消失・減少していることが明らかになりました。現存する土塁が牧野の境界に多く、牧野の境界に造られた土塁は、他の土塁に比べ除去されることが少なかったと思われます。また、野草放牧地内にあった土塁の約33.3%が崩壊していました。

土塁の新たな機能
草原性植物の避難圏
 2003年の調査では、土塁、特に現在も火入れなどによって管理が続けられている土塁には、ススキやネザサなどの在来野草が優占し、ヒゴタイやキスミレといった希少植物が生育していることも明らかとなっています。土塁は、野草地を主な生育場所とする草原性の在来植物の避難場所として重要な役割を果たしているといえます。
生物多様性の保全
植物は、それぞれ生育に適した環境が異なっています。複雑な地形や地質、人によるさまざまな利用や管理が創り出す地域の多様な環境が、生物多様性を保全する上で重要と考えられています。久住町の牧野には牧草地が広く分布し、また牧草地は広大な上に牧草が優占し植物組成が比較的単純なのですが、牧野のその牧草地の中を牧草以外のさまざまな植物の生育する土塁が走っています。牧草地や野草地の中を土塁が走るこの構造は、生物多様性を保全する上でとても大きな意味をもっているのです。
野生動物の生息地と移動通路(コリドー)
 草原の中を土塁や谷が走ることにより植生が多様になり、その結果希少植物だけでなく、小・中型野生動物にとってもその生息や移動に適した環境となっていると考えられます。事実、久住高原には実に多様な野生動物が生息しています。
土塁の歴史を記録し、保全することの重要性
欧州の耕地や草地の境界に築かれているヘッヂロウが、美しい景色を形作ると同時に生物多様性を支える人工の構造物として認識されているのに対し、日本の土塁は俳句や短歌に詠まれることもほとんどなく、林地や草原と同じ自然構造物として認識されてきたようです。これは、その面積当たりの本数の少なさ(密度の低さ)と、かつては毎年周辺の原野と共に火入れされていたことから、土塁を覆う植生が周囲と同じだっだせいかもしれません。
 土塁は、草原を利用する長い歴史の中で築かれ、地域の村落社会と農家が高原の自然に標した遺産です。土塁を見て知ることは、人と自然の関係のあり方を考える機会となるでしょう。このような歴史的・社会的価値をもち、また、地域の自然環境と生物多様性の保全に重要な役割を果たす構造物として、土塁を保全し維持するべきであると考えます。
土塁の歴史的・社会的な意義や生態的な意義を認識することによって、土塁に着目し高原に立ち景色を見回すとき、土塁の存在が高原の雄大で美しい景色の構図に大きな役割を演じていることに気がつくでしょう。

*無断で牧野内に入ることはできません。