第4話 プロポーズ

 カヤネズミの妊娠期間は 19 日前後ですので、お産の 19 日前頃に雌雄の出会いと交尾があったことになります。カヤネズミは他のネズミ類のように地面を平面的に移動するだけではなく植物群落を立体的に利用しています。この特徴は雌雄の出会いという点ではその確率が下がる可能性があるということを意味しています。これを避ける効果をもつ習性として臭い付けあるいは臭いを用いた異性の誘引を行っていることが示唆されています1)。私達も他個体に対して自らの情報を伝える信号的機能が巣に使われた巣材にあることを推定し、動画でも紹介しています2)。
 雌のケージに雄を入れると、雄はひたすら雌を追い回そうとしますが、雌はその時点の生理的状態(日齢、経産か未経産か、妊娠中か育仔中か、周期的に繰り返す発情のどの段階かなど)によって、また、雄の状況(年齢、大きさなど)や両者がこれまでに接触の経験があったかによって大きく異なる反応を見せます。また、その反応は時間と共に変化していきます。なお、発情周期はマウスなどでは 4~5 日とされていますが、カヤネズミについての研究はほとんど無く、一定の周期があるかどうかもまだ明らかになっていないようです3)。

 私達が観察した雌雄の出会い・プロポーズの様子を紹介してみます。いずれも雌を飼育していた展示用ケージに雄を入れた時に観察されたものです。下の動画の1~3 および 5 例は同じ未経産雌、4 例目は経産雌で、いずれも雄は同一個体です。1 例目には雄導入直後に未経産雌が雄に追われて逃げ回る様子が映されています。2 例目は雄を入れて2日目の様子で、雌を追うのに疲れた雄が休んでいるところに、それまで逃げ回っていた雌がそっと近づきますが、雄に迫られて歯をむいて怒っているところです。3 例目は 2 例目から約 12 時間後で、雌がくつろいでいるところに雄が近づきしつこく迫りますが、激しく怒られて結局雄が退散します。2 例目と 3 例目の間に交尾が行われたと推定していますが、残念ながら映像上では確認できませんでした。4 例目は2014 年12 月29 日にお産をした雌に、分娩後5 日目に雄をプロポーズさせたときの映像です。画像の左側やや上方にある枯れ草の塊が、幼獣がいる地表球状巣です。雄をケージに入れた直後に、雄は暫く巣の様子を伺っていましたが、入り口に接近すると雌が出てきて、直ちに交尾する様子が確認できました。
 5 例目も育仔中(分娩後7 日目)の雌親がいるケージに雄を入れた時の例で、導入直後は雄が幼獣と雌親がいる繁殖巣を覗き込んで追い払われましたが、それから18 時間後には雌が雄を許容する様子が観察されました。
 6例目は分娩直後の後分娩発情で交尾した雌親がその後激しく雄を威嚇し、追い払う様子を示した動画です。育仔を行う雌親は、周期発情における交尾後より激しく雄を追い払います。
 上記のいずれのケースもその後妊娠・分娩しており、これらのプロポーズの成功例は、カヤネズミが第 1 話で紹介した分娩直後に起こる発情(後分娩発情)で雄と交尾し、妊娠することができることと同様に、泌乳中にも発情し、交尾、妊娠する4)ことを示しています。

未経産雌のケージに雄を入れた直後。雄が雌を追い回す。(8秒、2.7MB)

前動画の2日目。雄が休んでいるところに雌が左側からそっと近づくが、雄がくると怒って逃げる。(20秒、10.5MB)

前動画の12時間後。雌のところに雄が接近すると、雌が激しく雄を威嚇する。(17秒、6.7MB)

分娩後5日目の経産雌のケージに雄を入れた直後。雄が左の球巣に近づくと雌が出てきて交尾する。(13秒、3.1MB)

前動画の雌が分娩後7日目に雄を入れた。雌は直後には雄を追い払ったが、18時間後、雄を許容するようになった。(8秒、5.8MB)

分娩時の発情で交尾した後、雌親は激しく雄を威嚇し追い払う。(25 秒、10MB)

1) Roberts, S.C. and L.M. Gosling (2004) Manipulation of olfactory signaling and mate
choice for conservation breeding: a case study of harvest mice. Conservation Biology, 18: 548-556.
2)石若礼子・増田泰久(2014)カヤネズミの巣の信号的機能. https://kuju-ecomuseum.org/kaya-sunokinou/
3)Brandt, R. (2010) Mating behaviour and female mate choice in the Harvest mouse (Micromys minutus). Thesis for the degree of Masters, Univ. Oxford, pp. 97-102.
4)Reiko I shiwaka, Hidetoshi K akihara and Yasuhisa Masuda (2019) Characteristics of pregnancy following mating at three types of estrus in captive harvest mouse (Micromys minutus).Mammal Study 44: 253-259.

(2015 年 2 月15 日)(2018年10月28日修正・動画追加)

←第3話    第5話→