石若礼子・増田泰久
摘 要
飼育下におけるカヤネズミ,Micromys minutus,の4例の営巣行動を撮影した動画により空中球状巣がどのような経過でつくられるかを解析した.その結果、カヤネズミの営巣経過は次の4段階からなると判断した.
第1段階:群落内で営巣位置を探索する
第2段階:茎や葉を噛み裂いて踏み敷き,床・足場をつくる
第3段階:足場に乗って周囲の葉を噛み裂き,自分の周囲に押し拡げて壁・天井をつくり,その後,壁の隙間から身体を乗り出して周辺の茎や葉を引き込み,引き込んだ部分を噛み裂いて壁の内側に押しつけていく
第4-a段階:壁の巣材密度が高くなると巣外に出て,噛み切った茎葉,リターなどを運んで巣に引き込み,噛み裂いて壁に押しつけ,壁をさらに厚くする
第4-b段階:採餌などからの帰巣の折に巣材となる茎や葉を持ち込み,細かく裂いて内層をつくる作業が妊娠中から授乳中に継続する
これらの解析から,カヤネズミが球状の巣をつくることができるのは,巣材となる茎や葉を巣内に持ち込み,細かく裂いて自分の周囲の巣壁に押しつけ,壁を厚くしながら拡張する動作を繰り返すことによると考えられた.また,空中巣が植物群落中高層に固定され,維持されるのは,根によって地面に固定された茎あるいはそれに付着する葉を巣の周辺から巣内に引き込むこと,さらに,引き込まれた部分が上述のように細かく裂かれて巣壁として絡み合うことによるものである.
カヤネズミの巣づくりには,本種の優れた運動能力,すなわち,茎や葉の上で自由に動き,身体を保持できる優れた運動能力,上述した営巣行動,さらには,巣材を非常に細かく噛み裂くことができる能力をもつという動物側の要因と,カヤネズミが巣材として選択するイネ科植物の形態学的特徴,すなわち,茎や葉の群落構造,葉部の細長い形状および嚙み裂かれると摩擦力が高い長い繊維状裂片を生じる平行脈系の葉脈をもつことなどとの相互関連が機能していることを考察した.
はじめに
カヤネズミがイネ科植物群落の中高層につくる球状の巣(以下,空中球状巣)は,カヤネズミのフィールドサインとしてよく知られている.また,カヤネズミは,冬季地表に球状の巣をつくることも報告されている(Ishiwaka et al. 2010).カヤネズミがどのような経過および動作で巣をつくるかについては,Harris (1979) をはじめいくつかの記述を目にすることができ,また,Web上に公開されている動画もあるが,カヤネズミの動作は素早いうえに巣外からは観察が困難な場合が多いため,まだ十分な解析ができているとはいえない.Trout and Harris (2008) は,妊娠末期の雌が単子葉植物を用いて巣をつくる様子として次のように記載している.すなわち,まず,雌は後肢と尾で茎の上に座り,植物の茎に付着する葉を先端から長軸方向に切歯を用いて裂き,十分な葉が裂かれると,それらを編み合わせて巣の枠組みをつくり,その後,巣壁から更に多くの葉を引き込み,それらの先端部を噛み裂いて枠組みを裏打ちしていき,最後に,雌は短く切った葉を細かく裂いたものや綿毛などを巣の中心部に敷く,と述べている(著者訳).この記述ではカヤネズミの葉を細かく裂く動作,巣の枠組み(原文ではframeworkと表記)の具体的な内容,裂いた葉を編む(原文ではweaveと表記)動作がどのようなものか,などについては明らかではない.
著者らは,カヤネズミの営巣習性を明らかにするため,飼育個体を用いた営巣実験を実施しており,その際に営巣行動を動画撮影することに成功している.本論文では得られた動画をもとに巣づくりの詳細な経過を解析すると共に,カヤネズミはなぜ壊れにくい球状の巣をつくることができるのか,空中巣は植物群落の中層にどのような仕組みで固定されるのか,などを理解する現時点での仮説を提起した.
材料および方法
供試個体
本研究の観察には,佐賀県で捕獲された個体をもとに1990年に確立された繁殖コロニーの飼育個体を用いた.供試個体の飼育および取り扱いは「実験動物の管理と使用に関する指針」(日本実験動物学会2011)に従って行った.飼育個体は,福岡市内(東経130度23分:北緯33度34分)において,窓からの自然光および自然室温条件下で,床敷きとして鉋屑,巣材として稲わらを入れた20×23×16cm のプラスティックケージ内で維持し,ケージ内で市販アサ果実と白米の1:1混合餌およびマウス用固形飼料(MF,オリエンタル酵母(株)製)を水とともに自由摂取させた.
撮影方法
カヤネズミの営巣行動の撮影には,3面が透明アクリル板,1面がベニア板,天井および床が金網(5mm方形網目)張りとした横50cm×縦40cm×高さ40cmの箱形ケージを用いた.ケージ中央付近の床を二重の金網とし,これに野外で採集したイネ科植物の茎葉を通し,直径20cm程度の束にした模擬的な立毛状態(植物が根を下ろして成育している状態)をつくった.用いた茎葉の長さは30~50cm,平均35cmである.
表 1に,解析した4例の動画撮影日,巣材の性状,営巣目的などを示した.例1の撮影には,約12ヶ月齢,例2には,約10ヶ月齢の成雌を用いた.例3および4は,巣立ちの時期を迎えた幼獣(自分で採餌できるようになった生後14~16日齢)をもつ雌親を幼獣と別のケージに移動させた場合,雌親は幼獣のために急いで繁殖巣と同様の巣をつくることを利用し,営巣の様子を撮影したものである.例3は経産雌(約8ヶ月齢)の分娩14日後,例4は経産雌(約6ヶ月齢)の分娩15日後に撮影した.模擬群落に生茎葉を用いた場合は,床下に置いたバットに水をため,茎葉を水差しとした.いずれの撮影においても,床の網面に15cm程度に切断した稲わらを薄く散布した.飼育は室温および自然光下で行い,前述の通常飼育と同様の餌および水を自由摂取させた.
動画撮影は雌をケージに放飼した直後に開始し,外観からほぼ巣が完成したと思われる状況で,30分以上営巣行動が観察されない時点で終了した. 例3の撮影は小型白黒暗視カメラ(MK-323型 f=2.5mm広角レンズ),その他の動画は高画質小型カメラ(WM-SB041MG型 f=2.8-12mm/F1.4ミニレンズ)を用い,被写体の動きが検知された場合に録画するモーション録画によりSDカードレコーダーAD-S20型(キャロットシステムズ(株)製)に記録した(30フレーム/秒).撮影時は赤外線LEDライト(940nm)による照明を用いた.
結果および考察
動画に記録された4例の営巣行動は,季節,巣材となる植物種,個体,雌親の生理的状態(妊娠中と授乳中),営巣の目的(分娩および育仔用と育仔用)などが異なっていたにもかかわらず,いずれも4つの行程(第1段階,第2段階,第3段階および第4段階a,b)をたどっていた.以下の結果および考察には例2の動画について段階ごとに編集し掲載した.
第1段階:カヤネズミは,植物体を登り降りしながら同じところを何度も行き来し,激しく動き回る.茎葉(以下葉と略)を軽く噛み裂く動作が時折見られる(動画1).何度も行き来していた場所に最終的に巣がつくられることから,このとき営巣に適した位置を探索していると判断される.また,多くの齧歯類で報告されているような(Ferkin 2018)営巣する場所付近における他個体のマーキングmarking探索あるいは自身の営巣場所を他個体に発信するovermarkingを行っていた可能性も考えられる.この探索に費やされる時間の長さには2~6時間の幅があり,営巣場所の立体的な構造,観察個体の営巣の緊急性,観察ケージへの慣れ具合などが影響したと考えられる.
第2段階:巣がつくられる位置で後肢と尾により身体を安定させ,足元や身体に触れる位置にある葉を1本ずつ引き寄せ,噛み裂いては足元に踏み敷くという行動を何度か繰り返す.これにより,巣の床の一部が構成され,その後はこの床部分を足場として作業が行われる(動画2).
第3段階:床がある程度つくられると,その上でくるくると身体の向きを変えながら,身体の周りにある葉を引き寄せ細く噛み裂いて,今度は左右あるいは上方に押し拡げる行動を繰り返し,壁や天井部分を構築していく.このとき,カヤネズミは巣の内側にいて,噛み割かれた巣材はいずれも内側から壁と天井部分に押しつけられていく.その結果,巣をつくるカヤネズミの身体は,壁と天井が厚くなるに伴って少しずつ見えなくなっていく.壁および天井は,内側から巣材が追加され押し付けられていくことにより,徐々に厚くなる.カヤネズミが乗っても崩れない程度まで壁と天井の強度が上がると,引き寄せられる葉の範囲は拡がり,壁や天井の隙間から巣の外に身体を乗り出して周辺の葉を噛み切ることなく巣の中に引き込み,引き込んだ部分を細かく裂いては壁や天井の内側にさらに押しつけ,壁と天井の巣材密度を一層高める.自分の周囲に巣材を押しつける動作は,その度に巣が激しく動くことで確認できる(動画3).
第4段階:壁と天井を構成する巣材の密度が上がり,それらの隙間から身体を乗り出すことが困難になってくると,巣の外に出て,床面に落ちているリターの葉を一つくわえて巣に戻る行動や巣の周辺の葉を噛みちぎり,巣に運び込む行動が見られた.巣に持ち込まれた葉は巣内で細く裂かれることが確認された.この段階の初期から,カヤネズミが巣を出入りする位置はほぼ一定となり,出入り口が形成される.巣外からの資材の持ち込み行動が主体となる時期を第4段階としたが,この行動は第3段階に引き続く連続的な行動段階4-a(動画4)と採食などの他の行動を行いながら断続的に資材を持ち込む段階4-bに分けることができる.
野外で採取されたカヤネズミの巣を解体すると,球状巣の内部には特に細かく裂かれた巣材が,壁,天井および床から明らかに独立した状態で詰まっていることがあり,それらは内層と呼ばれている(宅間・鮫島 2011).巣づくりの第4段階,主に4-bにおいて,巣外から持ち込まれる葉でつくられるものが内層を形成すると考えられる.また,繁殖に使用後の巣を解体すると,その中に幼獣のものと思われる小さな糞がしばしば確認されること,および雌親が巣を離れた折りに幼獣が埋め込まれている状態が観察されることから,内層は幼獣の保温,あるいは幼獣を保護する機能をもつと考えられる.野外で採集された繁殖用と思われる巣の解体結果から,内層の素材としては,イネ科植物の葉を非常に細かく裂いたもの以外にも,ネズミムギLolium multiflorumなどの稈を細かく裂いたもの,ススキMiscanthus sinensisやチガヤの穂,広葉植物の葉,さらにはビニール紐などの人工物を細く裂いたものが認められる.白石(1969)も,野外における営巣行動の観察から,カヤネズミがイネ科植物の穂を巣内に運び込み,産褥として利用すると述べている.今回の例1の観察では,給餌器を支えるためケージ内に設置されていた麻紐を雌親が少しずつ噛み切り,分娩前から授乳期にかけて巣に持ち込んでいた.詳細に記録することはできなかったが,この段階は集中的に営巣が行われる時期および採餌などのため巣外に出た後帰巣する際に,巣材となるものを巣に持ち込む断続的な過程があることを示している.今回の観察における球状巣の完成外観を写真1に示した.なお,今回捉えた営巣行動の段階的な過程は,段階間において明確に切り替わるわけではなく,いずれも連続的なものである.例えば,第4-a段階において,巣外からリターなどを持ち込んで噛み裂く作業過程でも壁の密度の低い部分から身体を乗り出して周囲の葉をくわえこむ動作が見られる。
巣づくりの各段階の長さは,様々な要因によって変動すると考えられる.それらの要因には,巣をつくる群落の葉密度などの構造と関係する材料の集めやすさ,巣から身体を乗り出して集めることができる範囲における葉の量,さらに,細かく裂かれた場合に巣材の量を決める葉の幅,長さ,厚さ,茎の太さなど巣材となる草種の形態的特徴が含まれる.また,第4段階において,リターなどの巣の材料を外から持ち込むかどうか,どれくらい持ち込むかなどは,営巣に必要な材料が巣内から乗り出して収集できる量で十分かどうかによって影響を受ける.さらに,カヤネズミは気温が低い時期には巣の床や壁を厚くし,逆に暑い時期には内部が見える位の疎な壁面にすることがある(白石 1969)ことから,気温などの気象要因もまた,巣外から持ち込まれる巣材の量,巣の構造,営巣行動が始まる時間および各段階に費やされる時間の長さに影響する.
営巣過程における動作は,巣材となる植物の性質と関連する可能性がある.白石(1988)は,カヤネズミが巣の外枠をつくる動作として,葉の先端に乗って体重を利用して葉をたわませ,葉と葉の間に挟み込んでいく様子を記述している.しかし,今回撮影された動画では,このような動作は確認できなかった.本実験で用いた営巣草種では葉を体重でたわませるという動作なしに,後肢で足場となる茎葉をつかみ,周囲の葉の先端付近を口にくわえて引き寄せることが十分できたからかもしれない.ススキやオギのような大型の葉をもつ植物に営巣する場合は,葉全体を巣内に引き込むことが困難な場合には,噛んだ部分が裂け,あるいは途中で折れた状態で引き込まれることも観察される.
Trout and Harris(2008)は,裂いた葉を編み合わせて巣の枠組みをつくるという巣づくり動作を述べているが,今回の観察ではカヤネズミが「編む」といえるような動作を見せることはなく,また,枠組みと呼べる構造物をつくることは認められなかった.本実験の結果からは,1) 葉を細かく裂く,2) 細かく裂いた葉(巣材)で自分の身体を包み込む,3) 巣内の作業空間を確保するように細かく裂いた巣材を周囲に押し拡げる,という一連の行動の反復が,球状巣をつくる基本的な工程であることが確認された.
多くの齧歯類において,雌個体が繁殖のための巣(maternal nest)とともに,居住用の巣あるいは眠るための巣(sleeping nest)をつくることが知られている.また,Gaskillら(2011)により,マウスMus musculusの巣の形状は環境温度などの影響を受けることが報告されており,カヤネズミについても,球状のほかに椀状,皿状あるいはハンモック状などの居住用の巣が観察されている(石若・増田2012).カヤネズミにおいて,これら様々な形状の居住巣の構築において共通するのは,前述の第2段階の床をつくる工程であり,巣材を追加しつつ床の周縁を次第に高くする工程が加わった場合に皿状から椀状の巣が形成される.
カヤネズミによる葉の噛み裂き
次に,今回得られた動画の解析をもとに,カヤネズミの空中球状巣の構築における主要な行動の特徴について考察する.
例4でつくられた球状巣を解体し,加工されて巣材となったチガヤの茎葉を写真2に示した.カヤネズミの噛み裂きにより加工された巣材の特徴は,噛み裂かれた裂片の幅は様々ではあるが細い繊維状のものが多いことおよび裂片の長さもバラツキが大きいが,伸ばすと使われた葉身の長軸方向の長さより非常に長いものが多いことであり,これがハツカネズミMus musculus,アカネズミApodemus speciosus,ヒメネズミApodemus argenteusなどの他種の巣と区別する重要な特徴となっている.長さ10cmに切断した稲わらのみを巣材として供給したカヤネズミの営巣試験において,出来上がった球巣を解体したところ,大部分の嚙み裂かれた巣材は20㎝以上の長さになっており,最長のものは72cmのものが得られた(石若・増田 未発表).この様なカヤネズミの巣の特徴は,主な巣材として使われるイネ科植物の葉が長軸方向に裂くと途中で切れることが少なく葉脈に沿って長い繊維状となるという形態学的性状をもっていることによる.さらに,この特徴は,カヤネズミが示す噛み裂き動作と関連していることが考えられる.カヤネズミの噛み裂きは二つの異なった方法を取ることが観察される.一つは両前肢で葉をもち,その間の葉縁の一端から微少な距離で葉面に切歯を立て,前肢を固定して頭を振り上げることで非常に細かく裂き,さらに裂き残った新たな辺縁から反対側の葉縁まで次々と噛み裂きを繰り返す方法である.他の一つは宮田(2005)が記述しているように切歯で噛んだ葉を前肢で横に引っ張り,細い数本の裂片にする方法である.巣材となる葉を細く裂くことができる能力は,葉縁あるいは裂いた辺縁から微少な間隔をおいて葉面に切歯を立てることができることによるが,それを可能とするのは運動能力に優れた前肢(Ishiwaka and Mōri 1999)の繊細な動きによるものと考えられる.また,本種の切歯の形態(Trout and Harris 2008)あるいは頭部の骨格や筋肉の解剖学的特徴と関連すると考えられるが,十分な検討は進んでいない.
カヤネズミによる葉の噛み裂きでは,葉先から葉鞘まで裂き切って1本の裂片となる場合もあるが,多くは様々な長さの裂片が生じる.細かく裂く動作である首を上下に繰り返し振って裂く場合には,切歯を立てる位置が葉の辺縁から一定の間隔ではない,あるいは実際に葉が裂けるのは葉脈間であるため,辺縁から様々な間隔で裂け目が生じる.両前肢で保持した部分の噛み裂きが終わると,葉を移動させて裂いていない部分に持ち直し,首振り動作による噛み裂きを続ける.持ち直す葉の位置が一定間隔ではないこともあり,先にできた裂け目が連続し長い裂け目となる場合もあるし,元の裂け目は途絶え別の位置に新たな裂け目ができることもある.このような噛み裂き動作でできる裂片は,幅や長さは不規則で,途中で裂片同士が繋がったりしており,七夕飾りに使われる網飾りの所々切られた状態となり,伸ばすともとの葉身の長さより長い巣材となる.
カヤネズミの噛み裂き動作を,巣内に引き込んだ葉の動きから判断すると,引き込んだ直後はその葉を噛み裂いているが,比較的短時間で今まで噛んでいたものを放し,巣内の噛み裂き不十分な別の巣材を前肢でもち噛み裂き始めることが推察される.このことからカヤネズミの噛み裂き行動は,巣内にある噛み裂き程度が少ない巣材の発見によって動機づけられた行動ではないかと考えられる.このような反射的な噛み裂き行動が本種の示す巣材の特徴的な加工に寄与している可能性がある.
巣の固定および形態の維持
カヤネズミの繁殖に使われる空中巣は,交尾後につくり育仔に使う場合には1ヵ月程度,分娩直前に営巣した場合でも幼獣の出巣までの期間,最短で18日程度は周囲の葉に固定され,かなり強い雨風にも耐えて落下あるいは崩壊することなく維持することができるようにつくられている.このような空中巣の支持葉への固定と球状を長期間維持できる仕組みについて考察した.
巣づくり経過の第3段階で,カヤネズミは裂いた葉でつくられていく壁の隙間から頭を出し,身体を乗り出して巣周囲の茎に接続した葉を巣内に引き込み,引き込んだ部分(葉先側)を細かく裂いて(写真3)壁に押しつけていく.引き込んだ葉の噛み裂かれた巣内の部分は壁の巣材と絡み合っていく.このようにカヤネズミの空中巣は巣の材料に生葉を用い,巣の周辺の立毛状態の葉を引き込むという営巣方法が取られる.主な営巣植物であるイネ科あるいはカヤツリグサ科植物(白石1969;Trout 1978; 今吉・鮫島 2011; Hata 2011)は,比較的密な茎葉の群落内密度をもち,葉長が長い草種が多く,カヤネズミが巣内に引き込む葉は,一端が巣外の茎に固定されたままで巣材として加工される.根によって地面に固定された茎あるいはそれに付着する葉を巣の周辺四方八方から巣内に引き込むことにより巣は様々な方向への揺れに耐えうる空中巣として固定されることになる.
イネ科植物やカヤツリグサ科植物の葉は平行葉脈をもつことから,葉脈間で葉の長軸方向に割かれた場合長い切片となる.また,葉脈に沿って裂かれて生じた繊維状の裂片は,葉脈1本の細いものから数本の葉脈を含むものまで太さが多様で,表面に複雑な凹凸あるいは毛羽立ち(ささくれ)が生じる場合も多い.噛み裂かれてできた繊維状裂片のこのような性状は,イネ科植物の形態学的特徴と関連している.葉縁に微鋸歯をもち,葉の表皮や葉脈上に小さな突起物を有する種が多いこと(長田 2002),シリカを蓄積した機動細胞や表皮細胞の存在,他の被子植物とは全く異なる構造を獲得した細胞壁(相賀・伊藤 2015)などが表面の高い摩擦力をもつ繊維状裂片の形成に関連していると考えられる.噛み裂かれた裂片は単純な直線ではなく,非常に複雑な網飾り様の構造をとることから,これらは絡み合いやすく,密度が高くなると物理的に相互のずれが生じにくい構造物が形成される.営巣経過の第3段階以降でしばしば見られるように,カヤネズミは巣内で噛み裂いた葉を巣全体が動くほどかなり激しく周囲の壁に押しつけていく.絡んだ細く裂いた巣材を巣の内側から壁に押しつけ壁を拡張させることで繊維状裂片間の物理的な摩擦が増え,絡み合いがさらに強固となり,気象要因に耐え,頻繁な雌親の出入りや幼獣の巣内での動きで壊れることがほとんど無い丈夫な構造がつくられていく.
カヤネズミの繁殖巣の営巣行動は,妊娠,それに伴う胎仔の成長,あるいは育仔に関連していることから,マウスでの報告(Lisk et al. 1969; Tsujii 1995)と同様に,ホルモン支配による母性行動であろうと推定される.晩成性の動物である多くのネズミの仲間が,新生仔を保温・保護するために自分の周囲に巣材を集めて巣をつくろうとするように,カヤネズミも自分の身体を覆うように巣材を集めて巣をつくろうとする.マウスが平面上でこのような機能をもった巣をつくる場合には,皿状から椀状へという過程で進行し,上部に入口を持つドーム状の巣を完成形とする (Hess et al. 2008).四肢や尾を使って草本植物を登り降りし,身体を茎葉の中途に保持する能力を発達させ (Ishiwaka and Mōri 1999),植物群落の中層に営巣位置を定めることができるようになったカヤネズミが,立体空間で同様の機能をもつ巣をつくるとすれば自分の身体を覆うように巣材を集めて球状にせざるを得ない.カヤネズミがこの空中球状巣をつくることに成功したのは,優れた登攀能力に加え,球巣をつくるのに適した巣材への加工能力を発達させたこと,および巣の材料として前述のような形態学的特徴をもつイネ科植物を用いるようになったことによるといえよう.
カヤネズミが冬季に地表につくる球状巣(Ishiwaka et al. 2010)は,温暖期の空中球状巣と基本的な構造は同様であるが,厚い床を持つことが特徴であるとともに,地表のリターを集めて巣材とするため,空中巣とは異なる営巣経過をたどることが考えられる.著者らは地表巣をつくる経過の観察を行っているが,平面的な地表面につくられる巣の形態が空中巣と同様に球状となるのは,細かく裂いた巣材を次々と自分の周囲に押しつけて壁を拡張させていく空中巣と同様の工程で巣がつくられていくことによる(石若・増田2017).さらに,カヤネズミの巣材噛み裂き能力と巣材となるイネ科草リターが生草と同様の形態学的特徴をもつことが要因であろうと推測する.球状巣をつくる能力が,群落中高層への進出を果たしたことで獲得した営巣能力なのか,地上生活で獲得した球巣営巣能力が空中巣営巣にも生かされたものなのかは明らかではない.
引用文献
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表1. 動画解析に用いたカヤネズミの営巣条件と営巣経過
動画1.第一段階
動画2.第二段階
動画3.第三段階
動画4.第4-a段階
動画5.第4-b
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