久住 牧野の博物館

第5話 雄と雌の役割から見えてくる繁殖戦略

 カヤネズミの雄は育仔に一切関与しません。雌が妊娠中や哺乳中のケージに雄を入れると、前話の例のようにプロポーズの機会を何とか得ようと動き回ります。雌が巣の中で休んでいる時や哺乳中の時も巣の入り口からのぞき込んだり、巣の上に乗ったりして雌との接近の機会をうかがいます。妊娠中あるいは育仔している雌は、巣の中から激しく威嚇し雄を追い払おうとします。

 動画の1例目は、分娩4日前に地表巣に入った雌が、入り口からのぞき込んできた雄を追い払う様子です。2例目は、分娩7日後に雌親と幼獣がいる空中巣の中をのぞき込んで追い払われる雄の様子です。3例目は、分娩17日後に雌親も子供達も採餌に出かけた隙に、空中巣の入り口で盛んに臭いをかぎ、巣内に入り込む雄の様子です。動画ではわかりませんが、雄は巣内でクルクルと回っていました。
 カヤネズミの雄の行動観察からは、雄の役割は妊娠する雌の数を増やすあるいは妊娠機会を増やす役割に特化しているように思えます。また、雌については第1話や第4話でふれたように通常の発情周期は短く、分娩時さらには泌乳中にも発情・交尾して妊娠することができます。それに加えて、カヤネズミは他のネズミ類と比較して、妊娠期間および哺乳期間が短いことが知られており1)、これらの特徴によって分娩間隔を短縮し、雌の一生あるいは繁殖可能期間にできるだけ多くの子孫を残そうとする繁殖戦略をとっている動物だといえます。
 この戦略を成功裏に進めることができるかどうかは、雄と雌とが出会う機会を確保する仕組み、生息地の気候に対応しながら繁殖期をできるだけ長くする方策、妊娠と泌乳とが同時に進行するために胎児の生長と泌乳に必要な雌親の栄養的な負担をどうやって軽減するのか、育仔行動と採餌行動との両立しにくい関係(トレードオフ)の解決、などが重要な要因になっていると思われます。このような視点からカヤネズミの生態を考えることも重要だと思われます。

分娩4日前の雌の地表巣。雌が中に入ると雄がやってきて、中を覗き込む。(27秒、4.1MB)

分娩7日後の雌親と幼獣がいる画面右側の空中球状巣を覗き込み、威嚇されて逃げる雄。(8秒、5.9MB)

雌親と幼獣が採餌に出かけた分娩17日後の空中球状巣の入口。雄が臭いをかぎ、巣材を噛み、巣内に入る。(27秒、3.7MB)

1)石若礼子(2000)カヤネズミMicromys minutus の成長および哺育行動と生息環境への適応.博士論文(九州大学).

(2015年 2月15日)

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