2022/02/26 久住 牧野の博物館 研究員M

 マウスなどで研究が進んでいる個体間のコミュニケーションとしてのマーキング(marking)がカヤネズミにおいても同様の意義をもっていることは明らかです。筆者らはカヤネズミにおける「臭い」あるいはchemo reseptorが関与する情報がどのように機能しているかを明らかにすることの重要性を示す多くの事例に遭遇しています。

 このHPでも、巣材に対する他個体の反応の事例(カヤネズミの巣の信号的機能https://kuju-ecomuseum.org/kaya-sunokinou/、や「臭い」による誘引を利用した調査・研究法として、飼育下におけるカヤネズミ捕獲法の工夫https://kuju-ecomuseum.org/kaya-petbottle/、生息検出トラップを用いた小規模野草草地におけるカヤネズミの動向調査https://kuju-ecomuseum.org/wp-content/uploads/Mtrap.pdfを報告しています。

 カヤネズミの「臭覚」の鋭さは、飼育ケージから逃亡した個体を餌や水の臭いで簡単に捕獲できることや、前述の野外の草地で数本の短い巣材で野生個体が誘引できることから明らかです。

 マウスやハムスターの飼育で使われる回し車を飼育ケージに入れると、カヤネズミも直後から勢いよく回し始めます。以前、金属製の水車様のものを使っていた時は気がつかなかったのですが、プラスチック製皿状のものを数日間使用してみると、回し車内に多量の尿と糞がべっとりついています。回し車を愛用する動物に関する研究がいくつかありますが、なぜ回し車に誘引され回転動作に熱中するかについては、まだ十分には明確にされてはいません。カヤネズミは回し車を高速で回しながら、草はらを走り回っているイメージに浸りきっているように筆者には思えます。もしそうだとすれば、彼らは目印になるものを定めることが困難な草はらのジャングルの中を走り回って餌を探し、異性と出会う機会を求めながら、自分の居住巣あるいは繁殖巣に確実に帰る手段として、走りながら自分の糞や尿を撒くことで帰巣ルートを認識できるようにしているのではないでしょうか。

 ネズミの繁殖における雌雄ペアリングの際、雌ケージに雄を導入する、その逆、あるいは新しいケージに雌雄を入れるなどの方法がそれぞれ根拠をもって採用されているようです。筆者は雌雄それぞれの飼育ケージを、直径約3.5cm、長さ約15cmの筒で接続することでペアリングを開始します。接続直後に雄は雌ケージに侵入し、雌の巣の周囲を探索し、巣の雌に接近します。このようなケージ接続直後の雄の行動は、交尾が成功するかどうかを示唆する重要な情報となります。この後起こる雌による激しい威嚇と追尾は、更に交尾への端緒となるものです。その後、雌は雄ケージに入り、雄の巣で休む行動を示したりします。これまでの多くの繁殖事例から、この雌の行動は雄の「臭い」による発情サイクルの駆動あるいは発情の強化を誘引しているように思えます。この過程を経た後に、今度は雄が激しく雌を追尾し始め、発情期に入って雌が雄を許容する段階に入ります。発情期の雌ケージからは人間にも充分に感知できる特有の臭いが発しています。

 これらの事例の科学的な根拠については、専門的な研究が必要です。専門分野外の一市民研究者としては、このような事例報告を重ねることが、カヤネズミの生態の全体像を描き出すことにつながる新たな研究へのきっかけとなることを期待したいと思います。

動画:雌の巣材を入れたMtrapに入る雄の様子を可視化しました