2021/12/07 久住 牧野の博物館 研究員M

 カヤネズミは子実、特にイネ科植物の種子を重要な餌資源としている(Trout & Harris 2008)。多くのイネ科植物の種子は、果実が護頴、内穎などに包まれているために、カヤネズミの採餌の様子を観察すると、種子を両前肢で保持し、切歯で種子の包頴、護頴、内頴を剥離する動作をみることができる。

 カヤネズミが前肢で物を保持する能力や噛み裂く・噛み切る能力が高いことは、営巣で見られる微細な巣材からも納得できる。しかし、本種の餌となる種子には、非常に小さく前肢での保持が困難なものや内穎などが果実に張り付いて剥離できないものもある。カヤネズミがこのような種子に遭遇した場合に、どのような食べ方をするのかは興味深い。餌となる子実によってカヤネズミがどのような採餌行動を示すかを明らかにする実験法を検討する過程で観察された事象を、今回メモとして投稿した。

 野外においては、ほぼ同じ場所、時期に採餌対象となりうる2種のイネ科植物の種子、コメとイヌビエ種子の食べ方を比較することとした。予備試験として、通常の収穫米から分譲を受けたコメ(モミ付き)および稲田から採取した穂を乾燥後半年貯蔵し脱粒させたイヌビエ種子を飼育カヤネズミに給餌し、一定時間(夜間約12時間)の採食の様子と採食後の状態(採食種子数、剥離されて残された外頴・内穎)を観察することとした。

 日常飼育を行っている、床敷きとして鉋屑,巣材として稲わらを入れた20×23×16cm のプラスティックケージに、250ml容ペットボトルを接続し、採食調査室とした。6ヶ月齢の雄個体を当該ケージに入れ、市販アサ果実と白米との1:1混合餌およびマウス用固形飼料(MF,オリエンタル酵母(株)製)を水とともに自由摂取させて飼育し、2021/10/10および20日の18時に採食室内にイヌビエ種子60個入れた後、調査室を開放した。12時間後に調査室を閉鎖し、飼料残渣を回収した。10/15日および25日の18時から同様の方法でモミ付きのコメ30個を入れて調査を行った。今回は、カヤネズミが動くと採食調査室が微動し十分な動画解析ができなかったため、採餌痕跡に基づく結果と考察をまとめてみた。

 調査時間中に消失した粒数は、2回の平均値がイヌビエで49個/60個、コメで23個/30個となり、計数できた護頴および内頴の裂片はイヌビエ17片、コメ65片であった(写真1,2)。回収できた護頴および内頴の裂片が種子何個分のものかを推定する予定であったが、視覚的観察では不可能であった。撮影された動画によると、カヤネズミはイヌビエを採餌するときには、前肢で保持せず、口にくわえるとそのまま咀嚼してしまう場合が認められた。コメについては確認できたケースの全てで穀粒を前肢で保持し、切歯で護頴、内頴を剥離する動作が確認できた。

 これらの観察は、イヌビエのような比較的小さい子実あるいは内頴を剥離することが困難な子実はそのまま咀嚼し嚥下する場合があることを示唆している。したがって、イヌビエ種子を採食した場合は、消化が困難な護頴や内穎は相当部分が不消化のままで排泄される可能性が高い。カヤネズミは、イヌビエは頴を剥がずに採餌し、コメは頴を剥離し果実だけを採食する可能性が高いことは、畠・高倉(2017)が野生カヤネズミの糞分析において、イネの DNA が検出された糞は 1 個のみであったが,イヌビエ属の DNA は 29 個の糞から検出されたと述べていることからも十分推測されることである。

 カヤネズミが小さな子実の皮殻を剥ぎ、採食することは、高い身体的能力をもつ本種の特徴ではあるが、殻を剥ぐ作業はそれなりにエネルギーを要する動作である。殻を剥いで得られる果実の栄養量が消費エネルギーに見合った報酬でなければその作業は採用されないのではないかと推測される。イヌビエ種子の大きさの場合、種子の殻を剥ぐ作業を省き、採餌量を上げる対応をしているのではないだろうか。しかし、小型の身体であるがゆえに、相対的に多量の餌を採食する必要があるカヤネズミは、その消化管容積がそれほど大きくはないことを想定すると、皮殻を剥がずに嚥下することは採食可能量を抑制することになる。できるだけ栄養濃度の高い餌(ここでは頴などの消化性の低い部分が少ない餌)を獲得する行動を採用しているか、何らかの消化機能によって植物繊維をある程度栄養として利用できる仕組みをもっているか、などの生態的、生理的な特性の検討や考察は極めて興味深い。

 今回の観察においては、消失した穀粒が採食されたとは断定できなかった。これは、カヤネズミは採取した子実を口に咥えて飼育ケージに運んで食べた場合もあったと推測されるからである。逆に給与している通常の餌であるアサ果実を観察室に持ち込んで果皮を剥いで食べることが観察された。本実験の目的を達成するためには、実験装置の一層の工夫改良が必要であるとともに、採食された子実のうち護頴、内頴などを剥離した子実割合を定量的に把握する方法の考案が不可欠である。また、種子の熟期、種子が穂に着生状態か、落下した場合かなどの影響も検討する必要がある。

Trout, R. C. and Harris, S. 2008. Genus Micromys. In (Harris, S. and Yalden, D.W., eds.) Mammals of the British Isles: Handbook,   Fourth  edition, pp.117–125. The Mammal Society, Southampton.
畠 佐代子・高倉耕一 2017. 滋賀県彦根市の水田地帯に生息するカヤネズミの食性分析-糞 DNA 分析からの推定.環動昆. 28:121-131.