石若礼子・増田泰久(久住 牧野の博物館)
(2014 年 5 月 12 日/ 2016 年 6 月 10 日動画追加/2021年2月11日修正・動画追加)

吐き戻しに関するこれまでの研究

雌親が幼獣へ部分的に消化された食物の吐き戻し行う例は、哺乳類ではイヌ科の数種において観察されているだけです(Malm   and   Jensen,   1993)。しかし、Ishiwaka   and   Mori(1998)によって、カヤネズミの雌親が幼獣に対して、分娩直後から泌乳期間中、吐き戻しを行うことが報告されました。彼らによる吐き戻しに関する報告の概要は以下の通りです。

○カヤネズミの上部消化管にはリスやハムスターで見られるような頬袋や鳥類に存在する嗉嚢のような食物を貯蔵するための構造は認められないために、カヤネズミの吐き戻し物は胃から出されていると推定しています。

○泌乳中の雌親が吐き戻しに費やす時間は、分娩後 10 日目以降はそれ以前と比べ著しく長くなります。また、1 回の吐き戻し時間は 10 日目までが 40~50 秒に対し、16 日目には長い場合には 3 分近く続くことが認められました。

○雌親が自らの採餌から巣に戻り 1 時間以内に幼獣に吐き戻しを与える回数は、8~16 日で1~7 日目より有意に多いことが観察されました。

○吐き戻しは雌親によって開始される場合と幼獣が雌親に要求して始まる場合があり、前者は雌親が幼獣の口をなめたり、口に鼻を付けたりして起こり、その回数は分娩後 1~4 日目で最大となり次第に減少します。後者は幼獣が雌親の口をなめること(ねだり行動)によって始まり、これは分娩後 5~8 日目から認められ、次第に増加します。

○吐き戻しは分娩後 9 日目以降は幼獣のねだり行動により助長され、11 日目以降その長さも著しく長くなることから、少なくとも 9 日目以降の吐き戻し物が幼獣にとって“離乳食” あるいは補助ミルクの役割を果たすと推測しています。

○カヤネズミにおいては、吐き戻しは泌乳期間中における雌親の栄養要求量を軽減させ、育仔が体に与える負担を補う効果があり、この効果は雄が育児に関与しない動物では特に有効なのであろうと考察しています。

吐き戻しの動画撮影

上記論文では、詳細な観察と雌親の餌に混ぜたプラスティック片が幼獣の胃内から検出されたことによりカヤネズミが吐き戻しを行うことが確かめられています。本報告では、カヤネズミの繁殖巣内を動画撮影することを試み、撮影された吐き戻し行動の様子を公開することにしました。

動画を撮影したカヤネズミとその繁殖巣
1)動画1および2
 室内に置いたプラスティックコンテナ(75cm×45cm×高さ 15cm)に土を入れ、底面の半分にイタリアンライグラス(Lolium multiflorum)を移植して群落を作り、他の半分にはチガヤ(Imperata cylindrica)とススキ(Miscanthus sinensis)の枯死茎葉を約 15cm に裁断して厚さ 5cm 程度になるよう散布しました。2014 年 2 月 27 日、営巣実験用ケージ(55cm×34.5cm×高さ 72cm)をコンテナに設置し、カヤネズミの経産雌を放飼しました。ケージには底部と屋根付近に給餌器、壁面中央に給水器を取り付け、自由に採餌、飲水ができるようにしました。3 月 3 日、イタリアンライグラス株間に地表巣が造られました。その後、雌個体は盛んにイタリアンライグラスの茎基部を喫食し、移植したほとんどの株が倒伏したため、3  月10 日にススキとチガヤの枯死地上部の束をケージ内に立て、3 月 11 日に雄個体を放飼しました。3 月 13 日にススキ・チガヤの茎下部近くのイタリアンライグラスの株間に雌は球巣を造り、3 月 29 日午前中にこの地表巣で出産したと推測されました。4 月 5 日にススキとチガヤの束に新たに造られた空中球状巣(巣底の高さ約 20cm の位置)とその中の幼獣が確認されました。
 これらの動画は 4 月 11 日(分娩後13 日目)の夜間に撮影したものです。4 月 14 日に、雌親(妊娠中)、雄親と幼獣をケージから回収した結果、動画撮影時の巣内には 5 頭の幼獣がいたと推測されました。
2)動画3
 室温および自然光条件で飼育プラスティックケージ(20cm×13cm×高さ17cm)に冬枯れのチガヤ(葉身が丸まらない)を巣材として入れ、妊娠雌を分娩予定1週間前から飼育した。餌および水は自由摂取とした。ケージの1面外側に黒い紙を貼った。この面に沿って巣の窓が作られたため、その位置のケージ外側に黒紙に穴を開けてカメラのレンズを設置した。2016年6月4日9:00に分娩した。

動画撮影条件
 撮影は小型白黒暗視カメラ(MK-323型 f=3.6mm)、画像記録は SD カードレコーダー AD-S20  型(キャロットシステムズ(株)製)を用い、被写体の動きが検知された場合に録画 するモーション録画で記録しました(30 フレーム/秒)。

動画の説明
 動画 1:カヤネズミの吐き戻し(1)-20 時 22 分に雌親が巣に入り、吐き戻しを始め、さらに、別の幼獣が吐き戻しを要求し交代しました。吐き戻し時間は 1 頭目が約 45 秒間、2 頭目は約 48 秒間でした。
 動画 2:カヤネズミの吐き戻し(2)-その後、約 2 時間 10 分位親仔とも睡眠状態に入りました。幼獣が再び吐き戻しを要求し、雌親は巣に入ってから(採餌直後から)約 2 時間30 分経過しているにもかかわらず吐き戻しを与えはじめました。23 時 13 分に雌親は巣から出ました。
 動画 3:3 および4日齢幼獣への吐き戻し-2016 年 6 月9 日および10日に幼獣へ吐き戻しをする様子を撮影した。6月23日5頭の幼獣を確認した。

動画1:カヤネズミの吐き戻し(1)-20 時 22 分に雌親が巣に入り、吐き戻しを始め、さ らに、別の幼獣が吐き戻しを要求し交代しました。吐き戻し時間は 1 頭目が約 45 秒間、2 頭目は約 48 秒間でした。

動画 2:カヤネズミの吐き戻し(2)-その後、約 2 時間 10 分位親仔とも睡眠状態に入りました。幼獣が再び吐き戻しを要求し、雌親は巣に入ってから(採餌直後から)約 2 時間30 分経過しているにもかかわらず吐き戻しを与えはじめました。 23 時 13 分に雌親は巣から出ました。

動画3:3および4日齢幼獣への吐き戻しー2016 年 6 月 6 日に出産した幼獣へ吐き戻しをする様子です。

引用文献

Malm, K. and P. Jensen (1993) Regurgitation as a weaning strategy-a selective review on an old subject in a new light. Applied Animal
Behaviour Science, 36: 47-64.

Ishiwaka, R. and T. Mori (1998) Regurgitation feeding of young in harvest mise,Micromys minutus (Rodentia: Muridae) . Journal of
Mammalogy, 79 (4): 1191-1197.