暖地山間地の肉用牛繁殖経営における粗飼料生産と飼養管理の実態に触れ、感じている疑問点、問題点をもとに、今回は子牛の哺乳・育成方法のあり方に関する私たちの考えを不十分ながらまとめてみました。関連分野の研究者、指導者、農家の皆様のご意見を頂ければ幸いです。
久住 牧野の博物館 office@kuju-ecomuseum
子牛哺乳・育成技術に関する多くの研究指導機関が示しているマニュアルや農家の方法を見ると、母牛による授乳あるいは人工哺乳(代用乳)によって、子牛の成長に必要な栄養量を十分に与えることが、子牛の育て方の基本となっています。ミルクが十分飲めるようになると、スターター(人工乳)と呼ばれる、消化の良いデンプン質を含んだ濃厚飼料の給与が始まります。これは、子牛の離乳食に当たるもので、栄養物の供給、ミルクに代わる固形飼料に慣らす、消化器官の中で最も重要な役割を果たす第一胃を発達させるなどのねらいで給与されます。この子牛哺乳技術は、乳牛でも、また、日本だけではなく世界的にも広く用いられています。この方式の定着によって第一胃内での発酵産物による第一胃上皮組織・絨毛の発達が促され、デンプン質飼料からの多量の発酵産物の吸収が高まることにより、体重や体高に優れた個体がつくられる可能性が高くなっています。他方、哺乳期間から離乳期にかけて、下痢を始めとする子牛の様々な疾病に悩まされる農家が多いのも現実で、この哺乳方式を用いることで、性質の異なる個々の子牛を全て健康に育成することは、かなりハードルが高いように思われます。
西日本新聞2月22日付け朝刊に「離乳食 発達に応じて変えよう」という記事が掲載されました。そこでは、人間の赤ちゃんの離乳食がもつべき適切な固さと形状として、「食べ物をかみ砕きながら舌の上で『食塊』をつくり、・・喉の奥に送り込む」という「食べ物をのみ込む舌や喉の機能発達」を重視しています。
それでは、草食動物として生きていく子牛における離乳食はどう考えれば良いのでしょう。牛の離乳食は、ミルクから固形食へ切りかわるまでの栄養補給食ではなく、草食動物としての消化器官、代謝機能の発達などの新たな身体の仕組みへの転換という、人間の場合とは全く異なる役割をもつことになります。子牛の離乳は身体の構造や生理機能、行動が草を食べて生きていくことができるように転換する過程だと考えることが大切です。
草を咀嚼する能力、唾液分泌能力、食塊をつくり飲み込む能力などの採食物の第一胃への流入の前段階となる機能の発達は勿論、食べられる植物や栄養価の高い部位を選択する能力、効率的に食べるための行動などの採餌行動も哺乳から離乳時に学習が進むものでしょう。将来放牧飼養を行う場合には、放牧馴致のための基礎的行動を習得する重要な時期でもあると思われます。
消化器官の発達については、微生物による発酵産物が刺激する上皮組織の発達と固形飼料の物理的刺激による容積の増大などの第一胃の発達が、子牛飼養技術の要として重視されてきました。スターターの利用は特に発酵産物の吸収能力の向上を目指しています。しかし、子牛の第一胃の発達については、第一胃の運動や神経反射の発達によって始まる反芻作用を特に重視する必要があると考えます。反芻は胃内容物の吐き戻しと再咀嚼による飼料片の細断という消化促進機能だけではなく、唾液分泌という非常に重要な働きを伴います。唾液は微生物の発酵によって第一胃内が酸性に傾くのを中和する緩衝作用を発揮しますし、窒素成分の再利用や免疫効果の役割も果たすとされています。また、第一胃の発達だけが重視されがちですが、大腸などの下部消化管についても、吸収機能、第一胃に次ぐ微生物発酵の場所としての腸内環境の維持、病原菌をはじめとする様々な異物に対するバリア機能などの発達も同様に重要です。
牛の消化機能の発達を考える際に更に重要な点は、牛が草を栄養物として利用できるのは消化管内に生息する微生物のおかげだということであり、子牛の消化管内に草を利用できる微生物が定着することが草食動物として出発する条件です。母牛などの成牛から消化管内で働く微生物が移ってくること、そして増殖できる反芻胃内環境を整えることも離乳食の役割であり、離乳時期の大切な過程です。
さらには、第一胃内微生物の発酵産物が牛体内で利用される代謝システムの発達もこの時期の必須の転換過程です。
子牛のミルク摂取から草などの固形物飼料利用への転換は、以上のような総合的な内容をもつ身体構造と生理、行動の発達であり、離乳食はこの転換をスムーズに進行させることを助ける役割を果たすような餌ということになります。子牛に多発する下痢症状は、草食動物への発達が総合的に進まなかった場合の一つ事例でもあります。デンプン質のスターターを多く摂取した場合に、第一胃のpHが低下するアシドーシス(亜急性)を起こすことがあり、ひどい場合には腸内環境が悪化し、大腸のアシドーシスを発症したり、免疫機能が低下したりすることも指摘されています。これはスターターのような穀物主体飼料が、子牛の離乳食として備えるべき本来の機能を発揮できない事態を発生させる可能性があることを示しています。
それではどのような餌がこの役割を果たす離乳食になるのでしょう?
草食動物としての発達に必要な離乳食の具体的なレシピを述べるだけの十分な知見をもってはいません。そのヒントとして私たちが考えるのは、子牛は哺乳中から母牛の食べている草を横から少し食べてみるという行動をすることです。これがその後の様々な牛らしい行動の引き金になっていることを気づいておられる畜産農家の方は多いと思います。母牛が食べる草を最初はチューインガムの様に食べることから始まる、草を自ら食べる行動が、上述のような様々な草食動物としての身体の仕組みや働き、習性を作り出していくのだと考えています。子牛の反芻行動の研究で、母牛から離れて人工哺乳している子牛が敷料を食べることから反芻が始まったと書いている文献もあります。どのような質のものであれ、草そのものが子牛の離乳食としての機能を果たすことができる餌の一つであることは間違いないと思われます。哺乳中の子牛の草への接触を栄養源の供給として考えるのではなく、離乳食として理解することが必要です。
子牛市場で高い価格がつくように、体重・体高を大きく育てることを目的に哺乳育成を行うという考え方に偏るのではなく、草食動物としての機能を個体に応じて健全に発達させるためには哺乳・離乳をどう進めるかという考え方が大切です。取り敢えず、哺乳中の子牛への栄養補給としてスターターの給与を考える場合には、その給与開始や増給は、反芻をしっかり行う様になっていることを確認し、粗飼料は自由採食できるようにするのが望ましいと思われます。
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